2019年度Sセメスター運営紹介#9

最終更新: 2月2日

「100回やってダメでも101回目に成功するかもしれないじゃん、頑張ろう」

 受験生の応援メッセージとか、部活の激励とかだったら「先輩のあの言葉に勇気を貰いました!」みたいなことを言われていたかもしれない。

 大学一年生、公立の中学校で放課後に勉強の指導のアルバイトをしていた。「少し勉強が遅れている」とクラスで言われている生徒たちが集まり、宿題や授業の分からないところなど、各々の課題を持ち寄る。 

 その男の子は原稿用紙に作文を書いていた。テーマはなんだったか、字は殴り書きで、原稿用紙のマス目を無視して縦横無尽に鉛筆を走らせていた。「もうちょっと丁寧に書こうか」と言っても、彼が手を動かすスピードはまるで変わらなかった。

 何回頑張ってもダメなんだ、と彼は言った。わたしは冒頭の言葉を返した。彼は少し粘ってから、書きかけのままその原稿用紙をカバンの中に閉まった。

 わたしがディスレクシアという言葉に出会ったのは、それからすぐのことだった。当時少しだけ教育への進路を考えていたので、インクルーシブ教育に関わる先端研の講義に出席していたのだった。

 生きている以上、誰かを傷つけずにはいられない。それは認めるし、何か悪事を働いたとも思っていない。悪いことをしたとは思わない。だが、わたしはわたしを許してはいけないと思う。勇気付けようと良かれと思って言った言葉は、彼を傷つけたはずだった。誰かが気づいてあげなければいけなかった。わたしは無知だった。あの生徒が、どこかでディスレクシアという概念に出会うことを祈る事しかできない。

 高校生の頃、両親に連れられてよく祖母の入居する老人ホームに行った。父が祖母の手を引いて、わらべ歌を歌いながら園内を散歩する。祖母はもう呆けていて、わたしたちが何者なのかも分かっているのか分かっていないのか判別はつかなかったが、幼い頃に繰り返した童謡たちは依然として脳裏に刻まれているようで、父の歌に重ねて時折唇を動かしていた。帰り際には、ハグや頬にキスすることを、両親にせがまれて、時折応じて、時折恥じらいを装って拒んだ。その当時、わたしは早く帰りたくて仕方なかったし、部活で忙しい日常のたまの休日をそこに奪われることが嫌だったし、目も合っている気がしない祖母に親しみを込めて声をかけることに意味が見出せず、やせ細り応答のない彼女が怖く、そしてまたそのように思ってしまう自分を感じるのが苦しかった。懸命に訪ね、話しかけても反応のない祖母のもとに根気よく通う父を見るのも辛かった。

 わたしはこうなる前に絶対に死のう、と思っていた。

 相模原の事件が起こったとき、当然とんでもない事件だとは思ったが、まったく綺麗な立場で毅然と批判することはできないと思った。このゼミに顔を出して約2年が経ち、ゼミに顔を出す以前重度の障害を持つ人たちに対してどのような考え方を持っていたのか、正直思い出せなくなってきている。けれど2年生の秋、リアルゼミに受講生として足を運んだのは、自分のなかの「内なる優生思想」をしっかりと感じてのことだったように思う。

 

 知識を得たところで、自分がすべての人を救えるだとかは思わないし、思ってはいけない。それはただの傲慢だ。そして、「知ったつもり」で行動して、人を傷つけるのはもっと恐ろしい。

 それならば何も知らずに、全てを「知りませんでした、悪意はありません」で通していけた方がよっぽどお互い傷つかずに済むのではないか。ディスレクシアという誰かの特性にしても、自分自身の内なる優生思想にしても、一度直視してしまったものから目を逸らすよりも、目をふさいでいる方がずっと簡単だと思う。自分の無知に向き合うことも、自分の残酷さを知ることも、どっちも自傷行為だ。そんなことをしなくても、必要な栄養素をとり酸素を吸って二酸化炭素を吐いていれば人間は生きていける。

 

 自分が社会福祉や障害について学ぶことを、たいそうなことだとも、やさしいとも思わないし、思われたくもない。

 ただ単に、これから先、自分がなるべく人を傷つけないこと、そして「人を傷つけてしまった」と自分自身が傷つかないこと、そのためのエゴイスティックな活動だ。

 

 誰がゲストの回だったか、ある受講生が、「障害者のことをよく知らないから怖く感じる」と言った。その言葉は全く的を射ていると思ったが、一方で、果たして「私たち」は「私たち」のことをどれだけ知っていると言えるのだろうか。「私」は「私」のことをどれだけ知っていると言えるのだろうか。

 知らないことは、怖いことだ。知っていることも、恐ろしいことだ。だけどやっぱり、何かを知るところから始めなければいけない。わたしはわたしの誠実さをそこに置こうと思う。

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