2019年度Aセメスター運営紹介#10

最終更新: 2月2日

こんにちは。「障害者のリアルに迫る」ゼミ運営に今年のAセメスターから参加しております、東京大学3年の酒田現(さかた・げん)と申します。


わたしは今年のSセメスターにこのゼミを受講し、Aセメスターから運営に参加しました。


自己紹介が得意ではないので、このゼミがどのようなものかを紹介してみようと思います。おそらくは、わたしのゼミへの理解の記述によって、鏡のように、わたし自身も映し出されることになるでしょうから。


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このゼミでは毎回、障害のある人やその支援者・関係者をゲスト講師としてお呼びして講義をしていただいています。その方のライフストーリーを伺ったり、最後に質問を通じて対話したりします。そこでは、「障害についてタブーなく議論する」ということが重視されていて、普段ならば聞きにくいことであっても聞くことができるし、学生がどんな意見を持っていても尊重することになっています。


もしかしたら、このゼミの名前(「障害者のリアルに迫る」)や、「障害についてタブーなく議論する」というテーマに対して、違和感を持つかもしれません。「障害者のリアル」と言った時点で、登壇されている講師の方を「障害者」とラベルを貼って理解することになるような気がしますし、たった105分のやりとりで、その「リアル」に迫ることなどできるはずがないように思えます。また、「タブーなく議論する」とは言っても、やはり場の雰囲気によっては質問しにくいことはあるし、そんなことができるはずがないと思うかもしれません。


その違和感は正しいと思います。わたし自身、ゲスト講師に対して「障害者」とラベルを貼った上で質問してしまったり、質問したいけれどもどうしても質問しづらくてもやもやを抱えたまま授業を終え、とぼとぼと帰路につくこともありました。当然のことですが、このゼミだけが特別にラベルやタブーのようなものから逃れることができるわけではありません。


しかし、わたしは少しだけ、このゼミを通じて「リアル」に迫っているように感じています。なぜならば、そこに実体を持った生きている人がいて、そこにコミュニケーションがあるからです。


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死んでから訃報がとどくまでの間ぼくの中ではきみが死ねない 吉田隼人


経って知る訃報みたいに見つけたよ飛行機雲のほつれるところ 岡野大嗣


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16歳のときに大切な友人が自死し、その3日後に訃報が届いた時、それまでに自分が世界に対して素朴に信じていたリアリティが崩れてしまったように感じました。「〇〇くんのこと知ってる?」というメールが届き、「なんですか」と返事したとき、わたしの中では彼は生きていたのに、次に送られてきた訃報のメールでは、彼はすでにこの世にいないことになっていたのです。さて、訃報が届くまでの間、彼は「死んでいた」のでしょうか、それとも「生きていた」のでしょうか、どちらが「リアル」なのでしょうか。


わたしの考えでは、「リアル」とは正しい一枚の写真ではありません。むしろ「飛行機雲のほつれるところ」のように、よく見るとたくさんのほつれや裂け目を抱えているものです。「リアルに迫る」ことは正しい障害者像を手に入れることではなく、ほつれに気づくことからはじまります。


このゼミでは、社会的には「障害者」というラベルを持っている方がご登壇されます。もしかしたら、わたしたちがふだんの生活でしてしまうように、登壇された方そのものを見るのではなく、ラベルを通じてその人を見てしまうかもしれません。しかし、わたしたちが質問をして、登壇者が応答するというコミュニケーションは、その一枚岩のように思われていたラベルや理解に、実はほつれがあることに気づく可能性を秘めています。


ふつう、コミュニケーションの場においては、わたしたちの意味理解は多様なものです。誰かがつらそうな表情を浮かべているときに、体調が悪いのではないかと推測してもいいし、失恋したのではないかと邪推してもいい。あるいは、「もともとそういう顔をしているのかもしれない」みたいな理解だってありうるし、「ねぎらって欲しくてわざとそういう表情をしている」といじわるなことを考えてもいい。


なのにたとえば、うつ病の人が前に現れたときに、つらそうな表情を浮かべていたら、多くの人はそれをすべて病気のせいだと考えてしまう。まるで「傍線部の主人公の心情を答えよ」といった国語の問題のように、ただ一つの社会的文脈を動員してその人を理解してしまう。


そのようなスティグマを簡単に取り除くことができるわけではありません。しかし、コミュニケーションを通じて、あなたの描いていた一枚の絵にノイズが混じるかもしれない。


わたしはゼミ運営を通じて、あなたの絵をいちから書き換えようとは思いません。というか、わたしにはそんな能力はありませんし、それはきっとゲスト講師も同じでしょう。そうではなくて、そのイメージを少しだけ揺らしたいのです。「飛行機雲のほつれるところ」を見つけてほしいのです。


もしかしたら、あなたは、あなた自身の中にほつれるところを見つけ出すかもしれません。普段とは異なるコミュニケーションは、自分自身の「リアル」さえも揺らしていきます。ゼミを通じて、自分の「リアル」に迫っていただけたら幸いです。

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