凸凹保育園を見学させていただいて

最終更新: 2020年12月31日

 今日はゼミの運営メンバーで厚木にある凸凹保育園に行きました。

 見学してみてまず強く感じたのは保育園のデザインや環境づくりにおける工夫です。とても開けた場所に建っていてきれいで現代的だけれど素朴な部分もあり、温もりを感じました。また、遊具が少なかったり、よくあるおもちゃがなかったりとシンプルである分、子どもたち自身の本来のやりたいことや一人一人の個性といった、一番大切にしなければならないところが輝いて、生き生きしているようにみえました。裸足で走り回り、自分のやりたいことをして遊ぶ姿がたくましく感じられました。

 また、見学前に私は、この保育園の、地域の方やものとのつながりを大切にするという点に関心を持っていました。私は、地域のつながり、といった時に、地域の人のうち固定された人だけが集えるような場所では近寄りづらさが生まれてしまうこともあると考えています。人とのつながりは無理やり作るものではないし、つながり作りは意図的ではあってもその意図がはっきりみえてしまうような作り方はあまりよくないのではないかと考えていたので、人が自然と集まるような形が理想的だと思っていました。そのため、見学してみて、柵越しに保育園の中が見えるようになっており、その外側にベンチがついている保育園のデザインがすごく気に入りました。何かそれ自体で楽しめたり人を集めたりするものではなくてベンチを置くというのがさりげないけれど、そのさりげなさが良いんだと思いました。とても素敵でした。

 見学後、理事長の馬場さんと沢山お話しする時間をいただきました。お話してみて、馬場さんは、従来の福祉の形とは違うユニークさを出し、理想の福祉の実現に向けて走っていらっしゃるように感じました。

 ご自身の施設の説明をしてくださったときに、高齢者施設などで、「ハレ」をお祭りなどのイベント、「ケ」を日常とするならば、「ハレ」へのアプローチで満足するのではなく、「ケ」が大切である、という言葉が印象的でした。私は福祉について書かれているタウンニュースのページなどを見るたびに、お祭りやイベントばかり取り上げられていることにずっと違和感がありました。福祉施設における「ケ」に対してネガティブなイメージが多くて、「ケ」を良いものに見せるための「ハレ」のように感じてしまっていたからだと思います。

馬場さんの言葉はその少しの違和感が言葉になったようでとても心に残りました。

 このように馬場さんは、既存の福祉への違和感を指摘し、その感覚をご自身の施設で活かして既存の福祉とは異なる面を持つ事業を行われていますが、その姿勢の中で驚いたことは、「インクルーシブ教育」や「まちづくり」をしていると世間から思われている馬場さん自身は、インクルーシブ教育やまちづくりを目指して活動してはいなかったというお話です。私はすぐ知識や理論から入ろうとする癖があり、知識や理論どまりで「それは知ってるよ」と満足してしまうことがしばしばあります。だから、インクルーシブ教育などといった言葉を意識せずに活動してきたらいつしかそう他人から表現されていた、と聞いたときそんなことは可能なのかとよくわからなかったです。ですが、見た目の言葉を意識し、「流行り」や世間に喜ばれるものをやろうとするとコピーで終わってしまうということには納得しました。

 既存の形や現状に違和感を抱いたり、変えたいと感じたりすることは身の回りで沢山あるように思います。頭の中でその気持ちを終わらせないで、実際に行動していく時には、いかに自分の考える理想を持っていてそれを具体的に描けるかが大切なのだと感じました。その「軸」のようなものは、柔軟であるべきなのだけれど、その時その時で「軸」を作ろうとすることを試みないと、世間からの見方や価値基準が自分の思考に多く入り込み、オリジナルなものが作れず、既存のものに抱く違和感を自力で払拭していくことはできないのかもしれないと感じました。


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